腹膜炎体験記

どうでもいい話

はじめに

この記事は
2024年9月23日から同年10月5日まで
腹膜炎になり入院した時の記録です。

その中で貴重な体験を得ることが出来たので
シェアしたくて書き残しました。

長文なので本当にお伝えしたい所は
ハイライトをかけてあります。

ハイライト部分だけでも
ご覧いただければ
何かの参考になるのではと思います。

ここから本文

2024年9月23日月曜日
朝日がとってもキレイな祝日の朝6時55分

猛烈な腹痛に見舞われた。

家でしばらく様子を見ていようなんて
とても思えない痛み。

「病院に行かなければ・・・」

休日救急は朝の8:30から。
近くじゃないので車でないといけない。

ただ痛みのあまり体を動かすのも難しく
車の運転なんてできそうにない。

脂汗で顔がベチャベチャに濡れていた。

痛みが酷くて休日救急の
開院時間まではとても我慢できない。

そこで救急車を要請した。

幸い祝日の早朝であるにも関わらず
自宅と治療院の間にある近所の病院が
受け入れてくれました。

運ばれた時点で「虫垂炎の疑い」。

最初に対応してくれたのは若い男性医師で
優しい話し方と丁寧な触診で
僕の体を診てくれた。

じっくりエコーと触診で
右下腹部を診察していたが

診断を確定するには
「CTを撮ってみないと分からない」
とのこと。

速やかに血液検査とCT検査をした。

検査の結果わかったのは
虫垂炎に間違いはなかったが
虫垂が破裂して腹膜炎になっていたという事。

「虫垂炎性汎発性腹膜炎」

という診断名だった。

少し驚いた。

虫垂炎に間違いは無いだろうと
思ってはいたけど
まさか腹膜炎になっていたとは。

どおりで痛かったわけだ。

一番に頭の中に浮かんだのは

「どれだけ入院しないといけないんやろ?」
「(自分の所に来てくれている)患者さんに迷惑かけるな」
「施術予約が入っている人に予約日時変更の連絡しないとなぁ」

そんな仕事に関することだけだった。

「薬だけ処方してもらって家に帰って様子を見る」

救急車を要請したときは
そんなことを考えていたけど
甘い考えは一瞬で吹き飛んだ。

想像よりひどい状況が起こっているらしい。

「こうなったら医師の指示に従うしか無い。
なるようにしかならない。」

入院することに諦めはついたが懸念材料があった。

祝日の早朝ということも有り
腕の良い医師は居ないんじゃないのか?

唯一の不安材料だった。

ベッドで横になりながら少し離れたところから
ドクターの声が聞こえてくる。

CTの読影をしているようだ。

聞こえてくる声は先程の若い医師と
明らかにベテランであろう女性の声が聞こえてきた。

何例もこの症例を体験しているであろう
自信に溢れた女性医師の声だった。

すぐにその女医さんが
症状と処置について説明をしてくれた。

とてもわかり易い説明だった。

腹腔鏡を使った手術か?
薬でのアプローチか?

この二択がありますと。

薬でのアプローチは虫垂の破裂と
腹膜炎の状況を考えると
うまくいく可能性がとても低く
お勧め出来ないとのこと。

手術が一番確実で退院まで4~5日で
いけるのではないか?

と説明を受けた。

最短での退院を考えると
手術しかなかった。

何よりお腹が痛すぎて
薬でじわりじわりと治していきたいとは
とても思えなかった。

一秒でも早くこの痛みから開放されたい。
患者としての切なる想いを実感した。

何より一番の懸念

「ドクターの腕」の問題は
「ああ。この女医さんになら
安心して体を任せることができる。」

と思えたので全く心配は無くなった。
手術を即決できたのはそのところが一番大きかった。

すぐに手術を希望する旨を伝えた。

家族の了承が必要とのことなので家内に電話し
入院して手術することになったので
病院に来て欲しいと連絡を入れた。

約1時間後に手術が始まる。

「あと1時間でラクになれるのか・・・」
安堵の気持ちで手術を待った。

話は変わるが退院後知り合いから
よく話を聞かれたのが

「よくそんなになるまで我慢できたね」
「前兆はなかったの?」という話し。

そこで時間を3日前に戻します。

救急で運ばれる3日前

軽い「胃もたれ」のような感覚があった。

違和感のある場所も本当に胃の辺り。
いわゆる「みぞおち」のところ。

前日に串カツとお酒を目一杯食べたので
「それで胃もたれしてるんだ」と
思っていました。

また

下の子供が風邪を引いてたので
それをもらったのかな?とも考えていました。

体温は測ってないけど微熱はあったと思う。

でも風邪だから・・・と
そのまま様子を見ていました。

風邪と食べ過ぎによる胃腸の不調。
こんなのは大人しく過ごしていりゃ治る。

勝手に診断していました。

まさかこれが虫垂炎の初期症状なんて
思わなかった。

それくらい虫垂炎の初期症状は
よくありがちな胃の不快感からはじまります。

虫垂炎は必ず右下腹部が痛むって思っていたけど
それはもっと炎症が強くなったときの話し。

冷静に考えれば
胃もたれだけで発熱は起こりっこない。

でもタイミング悪いことに
子どもの風邪があったり
食生活の乱れに心当たりがあるものだから

「こんなもんだ」くらいに

自分の体調不良を受け止めてしまいました。

だから

「胃もたれ」プラス「発熱」があったらすぐ病院!
生きた教訓です。

(入院1日前)

そんな状態が翌日も続いた。
でも仕事に支障きたすようなことはなく
問題なく体を動かせる状態だった。

しかし救急車で運ばれる18時間前になると
体温は測ってないが高熱は出てきてたんだと思う。

体はかなりしんどくなっていた。
でもまだ右下腹部に痛みはない。

ただただ体がダルいので寝ていたいと思ったし
実際横になっていた。

しばらくすると熱が上がってきてもの凄い寝汗が出た。

ここでも
「ほら。やっぱり風邪だったんだ」
と思った。

「汗が出たからこれで良くなっていくな」
とすら思っていた。

これが救急車搬送10時間前。

引き続きしんどかったので
寝て過ごしていたけど

ここでようやく右下腹部と腰が痛くなって
目が覚めた。

でも痛みはあるけど我慢出来ないほどではない。

腰の痛みの原因は腸腰筋の過緊張によるものだと感じた。

実際右の大腰筋のところや
股関節の腸腰筋停止部を触ったが
筋肉が緊張していた。

この辺りでようやく「虫垂炎」を疑った。

仮に虫垂炎だったとしても今は深夜。

朝になって休日救急病院が開くまで
このまま過ごさないといけない。

とにかく寝て過ごそう。
どうやったら寝れるかな?

そこで体をいろいろと動かしてみた。

するとある体勢を取ると
楽になるポジションがあることに
気がついた。

「ヨシ!これで朝まで眠れる。」

でも2時間後また同じ様な痛みで目が覚めた。

そこでまた体を動かし
楽になるポジションを探す。

今度もちゃんとラクになるポジションを
見つけることが出来
再び眠ることができた。

でもまた2時間後
さっきの痛みより
キツめの痛みに
襲われ目が覚めた。

時間は夜中の2時を回ったくらい。

「今度はどこで楽になるかな?」

そんな事を考え体を動かしうつ伏せになった。

その瞬間・・・

一気に痛みが楽になった。

「ああ。これなら朝、病院が開院するまでは眠れそうだ。」

しかしその3時間後
今までにない猛烈な腹痛に襲われた。

今度は体勢を変えようが
何をしても痛みは変わらなかった。

息をするのもつらい。

和らぐポジションもないし
痛みもどんどん強くなっていく。

後に医師から聞いた話では・・・

楽になったその瞬間に虫垂が破裂したんです。
炎症でパンパンに膨れている虫垂が破れ
圧力が開放されるのでその時は
痛みが和らぐのも特徴なんですよ。」

とのことだった。

もし右のお腹が痛くなって
それが何かしらのタイミングで楽になったら
動ける内にすぐ病院に行ったほうが良い。

これも生きた教訓。
その数時間後には動けなくなる可能性があるから。

虫垂が破裂して膿が腹腔の中に飛び散り
炎症が至るところで起こりはじめると
腹膜炎という状態になる。

この状態になると痛みの次元が変わる。
耐え難い痛みに襲われる。

今回痛みの余り命を絶ってしまう人の
気持もわかった。

それほど痛かった。

体のメカニズムとして
ひどい痛みに襲われた時
脳内麻薬が出て痛みを和らげてくれる。

そんなシステムがあるのは知っている。

そのシステムはいつ作動してくれるんだろうか?

心待ちに救急車の車内で願っていたけれど
結局発動することはなかった。

これが病院に運ばれるまでの経過です。

(手術当日 入院1日目 体重84kg)

さて手術が始まった。

術前に全身麻酔を施す。

全身麻酔すると呼吸器など
人間の生命維持の
全ての機能は
一時的に停止するんだそうな。

仮死状態になるんやな。全身麻酔ってすごい。

麻酔の効果は絶大。
麻酔がされたことも分からぬまま
アッっという間に手術は終わった。

手術は成功。
かかった時間は45分。

術後はすみやかに病室へ運ばれ
4人部屋での入院生活が始まった。

病室は8階の窓際。

左腕には点滴の管がつながり
チンチンにはカテーテルが挿入されていて
最高とはとても言えない状態だけれど
窓からは故郷の堺の町並みが見渡せ
ロケーションは最高だった。

麻酔の影響か?
手術による体の疲労か?

わからないけれどとても眠くて
ウトウトいていたら
執刀してくれた女医さんが
手術のことを説明しに来てくれた。

切り取った虫垂をビンに入れて持ってきてくれて
「ここが破けて・・・云々」教えてくれた。

体のことにはとても興味があるし
それが自分の体のことならなおさら。

せっかくなのでゆっくり標本を観察したかった。
でも今日は無理だ。頭が朦朧としてる。

「これを(病室のテーブルに)置いておいてくれませんか?」

お願いしたら快く聞き入れてもらえた。

明日ゆっくり見よう。
ただただ眠った。

今日明日は点滴が続くそうだ。
栄養剤も入ってるから口から物を食べなくてもいい。

体を動かすと痛いので
寝ているだけでいいのはとても助かった。
とにかくよく眠った。

夜中も2時間おきくらいに
看護師さんが点滴を替えに来てくれていた。

「大変な仕事やなぁ・・・」

そんなことを感じながら眠り続けた。

(入院2日目)

翌朝こんな状況なのになんと
チンチンが元気になって目が覚めた。

と同時に尿道の奥の方に痛みが走った。
感覚としては前立腺の辺り。

導尿カテーテルが入っているから
引っ張られてそこが刺激され
痛みが出たのだ。

どうせならその辺りを考慮して
カテーテルの挿入と角度を固定して欲しとは思うのだが・・・。

イチ患者としてのささやかな想いは口に出さず
とにかくカテーテルを早く外して欲しかったので
看護師さんに外してくれないか?お願いをした。

そのとき注意を受けた。

「術後(導尿カテーテルを)早く外すと
自力でトイレに行かないといけなくなるから
それが辛いという人もいます。

それでも(外して)いいですか?」

チンチン奥の痛みと違和感が半端ないので
速やかに外してくださいとお願いした。

カテーテルを抜くときも痛かったなぁ。

でも嫌な感じからは開放された。

「さて自力でトイレに行きますか・・・」

そう思ってベッドから起き上がろうとした時
全くお腹にチカラが入らないことに気がついた。

腹膜炎の痛みも残っていたし
腹腔鏡での手術とはいえ傷の痛みもある。

「そうか!お腹がこんな状態だと
腹に力を入れることができなくなるんだな。」

お腹に少しでも力を入れられなくなると
体に力を入れることができなくなるということがわかった。

ほんの少しの傷や痛みがあるだけで
反射的にお腹に力が入らなくなるんだな。

お腹に力が入らないと体を起こすこともできなくなるのか。

体のメカニズムが良くわかった。

昨日までは何の問題もなく
上体を起こすことができていたから
筋肉が落ちたわけじゃない。

お腹のチカラってすごいなぁ。

お腹の影響って全身にこれだけ影響が出るんだと
感心していた。

・・・関心ばかりしてはいられない。
さっさとトイレに行かなければ。

上体を起こすため
ベッドの手すりを頼りに
腕の力だけで起き上がった。

ものすごい力が必要だった。
とてもしんどい。

高齢者が何をするのもゆっくり
しんどそうにしてる気持ちが分かった。

ゆっくりとしか動けない人って
脚の筋肉が落ちたとかじゃなくて
お腹のチカラが使えなくなってる
ケースもあるだろうな

これは今後の治療に活かせる気付きとなった。

体を動かすたびにお腹と腰
そして両脚に痛みが走った。

この痛みは
前日痛みのあまり全身に力が入っていたのと
動かずじっとしていたので
筋肉が硬直してる痛みだ。

いわゆる「筋肉痛」。

まぁこんなのは体を動かしていけば
勝手に無くなるので心配はなかったけど
体を動かすと至るところに痛みが走る状態になっていた。

腕の力しか使えないので
上体を起こすのに2分から3分かかった。

やっとの思いでベッド上に座ることができたけど
座った状態を維持するのも難しかった。

座った状態を維持するにも
お腹のチカラが必要なんだなぁ。

ベッドから脚を床に下ろし
立ち上がろうとしたけれど
これもお腹に力が入らなくて
体の向きを変えるのが難しかった。

向きを変えても脚に力が入らず
立ち上がることができなかった。

ベッドの手すりと点滴の支柱を頼りに
どうにか立ち上がった。

立ち上がったところで今度は
腰が伸びない事に気がついた。

お腹に力がはいらないし
腰を伸ばそうとすると傷が引っ張られる感じがあって
なかなか腰がのばせない。

腰が伸びないから脚も前に出ない。

一歩前に踏み出すのにとても時間がかかった。

「そうか。人間は寝起きする時や立ち上がる時
歩く時や座るときもお腹にほんの少しでも
力を入れれないと出来ないんだな。」

良い気付きだった。

腰が伸びないから上体はもの凄い前傾姿勢。
術後の血行不良も相まって
これまで体験したことのないひどい肩こりも起きた。

「首・肩・背中を揉んで欲しい人の気持ちわかるなぁ」

人生で初体験のことばかり。
来院される患者さんの気持ちを味わえた。

点滴スタンドを手押し車代わりにして廊下に出た。

廊下では80代や90代の人が
僕の何倍もの速さで移動していた。

人が当たって来ないか不安で先を急ぎたかったが
脚が前に出ないのでゆっくりとしか移動出来ない。

やっとの思いでトイレに着いた。

用を足そうと便座に腰を降ろしたが
腹圧がかけられないので
おしっこもなかなか出ない。

おしっこするにもお腹の力が必要なんやな」

学びはいっぱい出てきたけど
おしっこは本当に出なかかった。

時間をかけてがんばって絞り出したけど
その時の痛みもなかなかのものだった。

カテーテルで尿道か膀胱の入口
または前立腺が傷ついてるんだろうか。
その傷が尿で刺激され激痛を伴った。

「うう・・・こんな状況で
これからトイレに行けるんやろうか?」

不安しかない。

家内が夕方病院に面会に行こうか?と言ってくれたけど
体がしんどくて10メートル歩くのもやっとの
状況だったから今日はやめてと伝えた。

それくらい体が動かなかった。

栄養の入った点滴はその日の夕方には終了した。
あとは抗生剤がメインの点滴だけになった。

これから栄養は自分の口で摂らないといけない。
トイレの回数も増えるだろうし大丈夫かな?

夕食の時間になったけど食欲は無く
けっきょく一口も食べることは出来なかった。

(入院3日目)

目覚めて起き上がろうとするが
ほぼ昨日と同じ様な状態。

お腹に力がはいらないので
何か一つするのも大変だった。

医師からのアドバイスは
「術後はよく動いたほうが予後が良いよ。」
だったので
しんどくても体を動かしていこうと思った。

でもどうやってもお腹に力を
入れることは出来なかった。

点滴スタンドを杖代わりにしてトイレに向かう。

多少は腰が伸ばせる様になったのか?
昨日よりは肩こりがマシになっていた。

便座に座りおしっこを出してみる。
相変わらず痛い。

痛いけれど少しお腹に力を入れる事が
できるようになっていた。

ここで面白い現象が起きた。

(ギョギョ)

チンチンから音が出たのだ。

ケチャップボトルの最後の
一絞りのときに
出る音に似ていた。

どうやら導尿カテーテルをした際
膀胱に空気が入ってそのままになっていたようだ。

今の音は空気が出た音だと分かった。

昨日は腹圧をかけれなかったけど
今日は昨日より腹圧をかけることが出来るようになったので
膀胱内に残っている空気が外に出されたんやな。

何よりチンチンって鳴くんだ

これが入院二日目の学び。

家族との面会もいい運動になって
リハビリになると思ったので
その日から面会の時間を作るようにした。

やっと家族と出会うことが出来るようになった。

(ここに写真)

(入院4日目)

早く回復して退院しないと。

その想いから
寝ていて出来るリハビリは何かないか?
考えてみた。

「何をするのもお腹に力がいるんやな」

今回の入院で一番の気付きはそこだったので
お腹に力を入れることを練習しようと思った。

「お腹に力を入れる」

調子の良いときは体が無意識でしてくれるから
意識したことはほとんどない。

さてどこにどういう意識を持っていけば
お腹に力が入るようになるんやろ?

ベッドの中でお腹に手を当てながら
色々試していた。

下腹部に力がはいらないのが分かったので
呼吸に合わせそこに力がいくよう
いろいろやってみた。

その最中

鼻がムズムズしてくしゃみが出そうになった。

「ファッ・・・ファァッ・・・!!!」

普通ならそのまま
「ハックショーン!」となるんだけど

くしゃみってお腹の力が必要。

その時はくしゃみが出るなという瞬間
面白いことが起きた。

お腹に力が入った途端
体がお腹にこれ以上チカラを入れると傷に障って
よろしくないと判断したのだろうか?

くしゃみが止まってしまった。
こんなことが3回もあった。

くしゃみのような「反射」で起こるものですら
何がそのとき体にとって最優先なのか判断して
コントロールされるんだ。
と体感した。

お腹に急激な強い力を入れることを
体はまだやめなさいといってるんだな。

そんなふうに考えた。

その後は体が拒絶しない範囲内で
お腹に力を入れる練習をし続けた。

(入院5日目 体重81.75kg)

お腹に力を入れる練習を続けた。

続けていくとお腹のかなり下の部分
お臍の下で恥骨の上のあたりに力を入れると
体を動かすのが楽になったり
立ち上がったりするのが楽になる
ポイントが有るのがわかった。

力の入れ方はちょうど立っておしっこをする時
膀胱に力を入れながら勢いよく出すときの
力を入れる感じに似ていた。

「あ!これが丹田の感覚なのかも?」

そう思った。

臍と恥骨の間よりももっと恥骨よりの所。
ここに力を入れると体に力を入れることが出来る。

大きな気付きだった。

立ち上がるのも早く出来るようになったし
立ち座りも楽になってきたけど
体を動かすとまだお腹には
救急で運ばれたときの様な痛みが少し残っていた。

我慢出来ないほどではないけど
気になるくらいの痛み。

お腹には膿を排出するための管が刺さっていて
それが痛みの原因になっているのかな?
この管が抜けたら痛みはなくなるのかな?

何より今日で4日目ということは
早ければ明日にでも退院できるのか?

膿を排出する管の先には
ガーゼが充てがわれていて
排出される体液の状態を常に見ていた。

まだ膿も出ているし
とても退院できる状態じゃないのは
体液を見ててもわかった。

案の定血液検査の結果は
炎症数値が依然高く明日の退院も流れてしまった。

食欲も全然ない。

食べ物のことを想像するだけで
気分が悪くなる。

この先食べ物を食べなくて済むのなら
どれほど幸せだろうか?と考えるほど
食欲はなかった。

(入院6日目から入院7日目)

お腹に力の入れるポイントが分かってからは
動作が早くなりトイレに行くのも
随分簡単にできるようになった。

虫垂炎回復の証
「おなら」も出るようになった。

7日目になるとお腹から出る体液は
漿液性になってきた。

出血も少なくなり明らかに状態は良くなっている感じがする。

しかしまだ腹膜炎の痛みが右下腹部に残っているのは気になった。

「いつになったらこの痛みは取れるのだろう?」

7日目にも血液検査をしたが
依然として炎症数値は高いまま。

始めから抗生剤は3種類使うと説明を受けていた。

三種類同時にできないので2日ごとに替えて処方された。

そして7日目になり最後の抗生剤を使ったその日の夕方
楽になっていた腹痛が起こった。

術後2日間は痛みがあったので鎮痛剤を服用していたが
3日目以降は痛みが和らぎ
薬を飲まなくても過ごせるようになっていたのに・・・。

また同じ様な痛みが出始めたのだ。

「抗生剤が合わなかったんじゃないのか?」
ネガティブな考えが頭をよぎった。

とりあえず鎮痛剤を飲んで様子をみた。

(入院8日目 体重80kg)

痛くて昨日の夜は熟睡できなかった。

朝になり点滴の交換と
身体の状態チェックとガーゼの交換で
看護師さんが来てくれた。

体液を吸収しているガーゼをめくった時
今までは漿液性の体液が出たいたのに
今朝はこれまでに見たことがないような
コーヒー色の膿がいっぱい出ていた

「まだこれだけ腹の中に膿が残ってたんだ」
驚いた。

そしてその日から
ずっと痛かった右下腹部の痛みは無くなっていった。

体って精妙にできてるんだと改めて思った。

お腹に違和感や痛みがあるときって
絶対何かあるわけで
今回もまだお腹の中でバイキンがいて
炎症が残ってたから痛みがずっとあったんだ。

理解できた。

(入院9日目から入院11日目)

入院8日目以降の体の回復は目覚ましいものだった。

コーヒー色の膿はなかなか無くなりはしなかったが
出る量が日に日に少なくなっていった。

体もほぼ問題なく動けるようになっていたし
食欲も戻ってきた。

「ラーメン食べたいなぁ」とか
食べ物のことを考えることが出来るようになっていた。

すごいなぁ。
腸が「もう食べ物を入れて大丈夫だよ」って
シグナルを送ってくれてるんだ。

あとは退院のタイミングだ。

いくら肉体的に動けるようになったとはいえ
お腹の中の雑菌がなくなってキレイになり
炎症が治まらないと退院は許可されない。

ここは血液検査という完全に客観性のある
データでジャッジメントされる。

次の血液検査は明日の早朝。

良い数値になってることを願った。

(入院12日目)

血液検査のある時は主治医の都合があるので
早朝5時から6時の間に採血が行われる。

今日の検査でOKが出なければ
また来てくれている患者さんに
連絡をしていかないといけない。

いろいろ段取りが狂うので
今日の検査は自分なりに大きな意義があった。

ただ体調も健やかで発熱ももう無い。
寝たり起きたり、立ったり歩いたりもラク。
お腹から出ている膿もほんの少し
ガーゼに付くくらいになっていたので
良い数値が出る自信はあった。

その2時間後
主治医の回診・・・

「金澤さん。炎症数値下がりましたよ。明日退院です。
当初の説明より入院期間が長くなり申し訳なかったです。」

「やったー!明日退院や!」

「いえいえ先生、こちらこそありがとうございます。
入院期間が長引いたのは私の体の問題ですから
気になさらないでください。」

友達が入院したときに言ってくれた言葉
「(入院は)人生の有給休暇やから
さっさと使ってさっさと出ておいで」って。

いままでこんなお休みもらったこと
人生でなかったなぁ。
今回それをいただいたのか。

この休暇もあと一日で終了。

(入院生活13日目 退院日 体重79kg

依然として調子はいい。
天気も晴れ。

9時になったらドクターに
お腹に入っている膿出し用の管を
抜いてもらってお終い。

管を抜く時は痛みも何もなかった。

麻酔を使うわけでもなく
ピンセットでお腹の皮膚から出ている管の先を
スルスルと手品のように引き出す。

30センチほどの管が出てきた。

傷口は縫合せず絆創膏を貼って処置は終了。
一瞬だった。

担当の医師はその時お休みで
最後に挨拶を言えなかったのが心残りだが
1週間後に再検査があるので
その時に感謝を伝えよう。

退院手続きと精算を終え一階のエントランスに。

 

荷物もあったから
タクシーに乗っても良かったけど
歩いて帰っても30分くらい。

リハビリがてらゆっくりと歩いて帰路についた。

学びの多い入院だった。

体には「◯◯膜」って膜の付く組織はいくつかあるけど
膜が炎症起こすと痛みハンパねぇな。というのもわかったし
(アセトアミノフェンは腹膜系の痛みに効く)

炎症の数値が下がっても
肝臓の数値は抗生剤を使っている間は下がらない。
(薬剤は何らかの形で肝臓に負担をかける。)

お腹は炎症があったりすると
腸が動いてそこをカバーしようと集まってくる。
はやく問題を解消しないと腸閉塞などの二次的な症状につながる。というのもわかったし

いちばんは

お腹に力を入れることが出来ないと
人は動くことが出来ない。という整体師としては
とても大切なことを身を持って分かった。

病院内は本当に忙しい。

ドクターを始め関係者全てが1日中
バタバタと動き回っている。

これからはそんな病院に対し
自分の不摂生でお世話にならないよう
ご迷惑をかけないよう生きていこうと思った。

気をつけて生きていけば防げる病気は多い。

この様な体験をしたからこそ
人の体に関わる仕事をしているからこそ
ますます気をつけていこうと思う。

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